大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)174号 判決

上告人

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

金岡昭

外三名

被上告人

前田久德

被上告人

前田ぎん子

被上告人

宮川橋一

被上告人

宮川フク

右四名訴訟代理人

梶谷玄

梶谷剛

村上孝守

岡崎洋

大橋正春

稲瀬道和

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人金岡昭、同木藤静夫、同牧野紀一、同茂木稔の上告理由第一点について

一原審が確定した事実関係は、おおむね、次のとおりである。

1前田国徳(昭和三〇年九月二九日生)及び被上告人宮川橋一(昭和三〇年一一月三〇日生)は、昭和四四年六月二九日午後三時四〇分ころ、東京都新島本村の前浜海岸砂防堤付近において、梅田順一とともに、前田仁外三名の中学生からその所在を教えられた焚火で暖をとつていたところ、右中学生がその焚火の中に投入していた砲弾が突然爆発し、この爆発によつて前田国徳は死亡し、被上告人宮川橋一は右眼球破裂、左網膜剥離等の傷害を負うに至つた。

2第二次世界大戦の終結に伴い、当時新島に駐屯していた日本国陸軍の武装解除が連合国軍の指令に基づいて実施されることになり、その一環として、同陸軍の装備にかかる大量の砲弾類がすべて海中に投棄されることになつた。そして、右砲弾類は、昭和二〇年一〇・一一月ころ、連合国軍の担当官の指揮・監督のもとに、一たん前浜海岸沿いの道路上に集積されたのち、島民により、伝馬船等を利用して、予め指示された前浜海岸沖の海中に投棄されることになつたが、右投棄作業に従事した島民らは、ほとんど指示された投棄場所まで行かずに、前浜海岸から数十メートルしか離れていない海中に砲弾類を投棄してしまつた。なお、その際右砲弾類は、信管を除去することなく、直ちに使用可能な状態で投棄されたものもすくなくなかつた。

3ところが、右投棄後間もなく、投棄された砲弾類のうち銃弾等の小さなものが前浜海岸に打ち上げられ、その後本件事故の発生した昭和四四年六月に至るまでの間、台風の後やしけのときなどには、かなり大きい砲弾類が毎年のように前浜海岸一帯に打ち上げられるようになつた。その間昭和四一年六月に台風が新島を襲つた際には、風や波浪の影響で前浜海岸に大量の砲弾類が打ち上げられたので、警視庁新島警察署では、危険を認めて可能な範囲で前浜海岸の砲弾類を回収してこれを同警察署に保管するとともに、その処理につき防衛庁技術研究本部新島試験場長等に相談をもちかけたところ、同年八月二五日陸上自衛隊が来島して同警察署に保管中の砲弾類を持ち去つたほか、同年九月には陸上自衛隊の弾薬処理班らも来島して前浜海岸(海中・海底を含まない。)を捜索し、同警察署に保管中の砲弾類とともに海上自衛隊の艦船に積込んで持ち去つたこともあつた。

4新島の前浜海岸は、有名な海水浴場として、島民のみならず観光客によつても広く利用されていた場所であるところ、新島では早くも六月ころから海水浴が行われることもあつて、前浜海岸では暖をとるための焚火が一般に行われていたうえ、子供達の中には、海岸で拾得した砲弾類の火薬を抜き取り、これに点火して花火のようにして遊ぶ者がいたし、また、砲弾類が海岸付近の海底にあることが船上からも容易に見ることができたため、島民の中には、海中に潜つて砲弾類を拾つてこれを鉄屑として古物回収業者に売却する者もあらわれ、漁師の中にも、砲弾類の火薬を焚火の火付けに使用している者があつた。

5陸上自衛隊は、本件事故発生直後の昭和四四年七月八日から同月一二日までの間、前浜海岸一帯(ただし、海中を除く。)を捜索して、砲弾三六発、小銃弾四五三〇発及び薬莢一三〇個を発見し、これを回収したが、海上自衛隊は、昭和四五年から昭和四八年までの間に、毎年一回以上前浜海岸付近の海中に投棄されていた砲弾類の回収作業を実施し、その結果、昭和四五年に四五五八発(約八三〇三キログラム)、昭和四六年には六九五五発(約二万〇六九六キログラム)、昭和四七年には三五一発(約六〇一五キログラム)、昭和四八年には二七八発(約一〇九五キログラム)にのぼる多数の砲弾類を回収した。そして、右砲弾類の大部分は、前浜海岸から五〇メートル内外で水深二メートル前後にすぎない海底から発見され、回収されたことなどからすれば、本件事故発生当時、前浜海岸の海浜及び付近の海中には、右に回収された数量以上の大量の砲弾類が存在していたものということができるし、本件事故にかかる砲弾も、第二次大戦中新島駐屯の陸軍が装備していた砲弾であつて、右海中投棄後前浜海岸に打ち上げられたものであると推認される。

6本件事故発生後に回収された前記砲弾類は、海中に投棄されたのち二〇年以上も経過していたため、錆び付きかつ腐蝕していて、砲弾としての機能を失つていたが、しかし、その大部分は、熱又は衝撃等が加えられると依然爆発する可能性があつたため、前浜海岸一帯においては、前記砲弾類の海中投棄が実施された直後から本件事故の発生に至るまでの間、本件のように砲弾類が焚水の中に投入された場合はもちろん、砂中に隠れて存在する砲弾類の上で焚火がされるなど、一定の条件が具備した場合には、その砲弾類の爆発によつて人身事故等の惨事の発生する危険性が充分あつた。

7奥村国男は、昭和四一年三月から昭和四三年三月までの間、新島警察署の次長として勤務していたものであるが、同人が同署に着任した当時、同署の裏庭に回収された小銃弾五〇発ないし六〇発が保管されていたし、昭和四一年ないし四二年六月ころには、小銃弾約二箱半(一箱約二八〇〇発)、直径七センチメートルぐらいの榴弾二十数個及びこれより大きい砲弾二、三個が一度に前浜海岸に打ち上げられ、これを回収したことがあつたので、新島警察署は、島民からそれまでのいきさつを聞くなどして、第二次大戦の終結直後に大量の砲弾類が前浜海岸沖の海中に投棄され、その一部がその後台風などの際などにしばしば前浜海岸に打ち上げられていることを知り、これを放置すれば人身事故等の発生する危険性のあることを察知するとともに、前浜海岸沖を掃海して砲弾類を回収する必要性のあることを認めた。そこで、新島警察署は、その後、島民に対して、砲弾類を発見した場合にはこれを警察に届け出るよう呼びかけるとともに、警視庁に対しては、正規の報告文書である「島状報告」に砲弾類が右のように前浜海岸に打ち上げられる事情を記載して報告し、更に、警視庁防犯部保安一課を通じて右砲弾類の処理を自衛隊に依頼するよう上申したが、警視庁から自衛隊に対する右のような依頼が現実にされたという形跡はない。また、右奥村国男の後任として新島署に着任した岩上房吉も、その事務引継ぎの際、奥村から前記のように砲弾類がしばしば前浜海岸に打ち上げられていることの説明を受けたほか、同署の裏庭に海岸等から回収された砲弾類が保管されていることを現認し、更にその後本件事故発生に至るまでの間、島民から前浜海岸に砲弾類が打ち上げられていることの届出を数回受理し、その砲弾類の回収にあたつたこともあつた。

以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認するに足り、その過程に所論の違法はない。

二ところで、警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもつてその責務とするものであるから(警察法二条参照)、警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞れのある天災、事変、危険物の爆発等危険な事態があつて特に急を要する場合においては、その危険物の管理者その他の関係者に対し、危険防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができるものとされている(警察官職務執行法四条一項参照)。もとより、これは、警察の前記のような責務を達成するために警察官に与えられた権限であると解されるが、島民が居住している地区からさほど遠からず、かつ、海水浴場として一般公衆に利用されている海浜やその付近の海底に砲弾類が投棄されたまま放置され、その海底にある砲弾類が毎年のように海浜に打ち上げられ、島民等が砲弾類の危険性についての知識の欠如から不用意に取り扱うことによつてこれが爆発して人身事故等の発生する危険があり、しかも、このような危険は毎年のように海浜に打ち上げられることにより継続して存在し、島民等は絶えずかかる危険に曝されているが、島民等としてはこの危険を通常の手段では除去することができないため、これを放置するときは、島民等の生命、身体の安全が確保されないことが相当の蓋然性をもつて予測されうる状況のもとにおいて、かかる状況を警察官が容易に知りうる場合には、警察官において右権限を適切に行使し、自ら又はこれを処分する権限・能力を有する機関に要請するなどして積極的に砲弾類を回収するなどの措置を講じ、もつて砲弾類の爆発による人身事故等の発生を未然に防止することは、その職務上の義務でもあると解するのが相当である。

してみれば、原審の確定した前記一の事実関係のもとでは、新島警察署の警察官を含む警視庁の警察官は、遅くとも昭和四一、二年ころ以降は、単に島民等に対して砲弾類の危険性についての警告や砲弾類を発見した場合における届出の催告等の措置をとるだけでは足りず、更に進んで自ら又は他の機関に依頼して砲弾類を積極的に回収するなどの措置を講ずべき職務上の義務があったものと解するのが相当であつて、前記警察官が、かかる措置をとらなかつたことは、その職務上の義務に違背し、違法であるといわなければならない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは右と異なる見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、所論警察官の職務上の義務違背と本件事故による損害との間に相当因果関係があるとした原審の判断は、肯認するに足り、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)

上告代理人金岡昭、同木藤静夫、同牧野紀一、同茂木稔の上告理由

原判決には、次の諸点において、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背等があるので破棄されるべきである。

第一点 原判決には、警察官職務執行法第四条第一項の解釈適用を誤つた違法がある。

一 原判決の認定

原判決は、

「およそ警察は、個人の生命、身体および財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧および捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもつてその責務とするものであり(警察法第二条第一項)、また警察官は、上官の指揮、監督を受けて、警察の事務を執行するものである(同法第六三条)。したがつて、警察官は、警察官職務執行法四条一項に基づき個人の生命、身体等に対する危険な状況が発生した場合には、その状況に即応して、それらの保護のため必要な措置を講ずべき法律上の義務を負うものといわなければならない。

ところで、本件事故発生の当時、前浜海岸一帯においては、第二次世界大戦終結の際海中に投棄された日本国陸軍の装備にかかる前記砲弾類の存在により、人身事故等の発生する危険性があつたことは、前記認定のとおりである。また、証人奥村国男(原審、当審)、同鈴木進および同岩上房吉の各証言によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。すなわち、

訴外奥村国男は、昭和四一年三月から昭和四三年三月までの間、新島警察署の次長として勤務していた警察官であるが、同人が同署に着任した当時、同署の裏庭にはそれまでに回収された小銃弾五〇発ないし六〇発が保管されていたし、昭和四一年あるいは四二年六月ごろには、前記のとおり、小銃弾約二箱半(一箱約二、八〇〇発)、直径約七センチメートルの榴弾二十数個およびそれより大きい砲弾二―三個が一時に前浜海岸に打ち上げられ、これを回収したことがあつたので、右奥村ら新島警察署の警察官は、島民からそれまでのいきさつを聞くなどして、第二次世界大戦の終結直後に大量の砲弾類が前浜海岸沖の海中に投棄され、その一部がその後台風の際などにしばしば前浜海岸に打ち上げられている事実を知り、これを放置すれば人身事故等の発生する危険性のあることを察知するとともに、前浜海岸を掃海して砲弾類を回収する必要性のあることを認め、その後、島民に対して、砲弾類を発見した場合にはこれを届け出るように呼びかけるとともに、警視庁に対しては、正規の報告文書である「島状報告」に砲弾類が右のように打ち上げられる事情を記載して報告し、さらに、警視庁防犯部保安一課を通じて右砲弾類の処理を自衛隊に依頼するよう上申した。(しかし、自衛隊に対する依頼が現実になされたか否かは不明である。)さらに、右奥村の後任として新島警察署に着任した訴外岩上房吉も、その事務引継ぎの際、右奥村から前記のように砲弾類がしばしば前浜海岸に打ち上げられることの説明を受け、また、同署の裏庭に回収された砲弾および銃弾が保管されていることを現認し、さらにその後本件事故発生に至るまでの間に、島民からなされた前浜海岸に砲弾類が打ち上げられていることの届出を数回受理し、その砲弾類の回収に当たつた。

以上に認定した事実関係からすれば、新島警察署の警察官を含む警視庁の警察官は、遅くとも昭和四二年六月ごろ以降、前浜海岸付近の海中には多数の砲弾類が存在し、かつ、それらの一部がしばしば前浜海岸一帯に打ち上げられている事実を知つており、しかも、これを放置すれば人身事故等の発生する危険性のあることを察知するとともに、早急に前浜海岸付近の海中を掃海して右砲弾類を回収する必要性のあることを認識していたものというべきである。

そして、前浜海岸付近の海中に存在する砲弾類は、前記のとおり客観的にも、一定の条件のもとでは、爆発する可能性があり、かつ、その爆発によつて人身事故等の惨事の発生する危険性があつたのであるから、前記のように、個人の生命、身体等に対する危険な状況が発生した場合には、その状況に即応して、それらの保護のために必要な措置を講ずべき法律上の義務を負う警察官としては、右に認定したような状況のもとにおいては、単に島民に対して砲弾類の危険性についての警告や砲弾類を発見した場合における届出の催告等の措置をとるだけでは足りず、さらに進んで、自らまたは他に依頼して右砲弾類を積極的に回収するなどの措置を講じ、もつて砲弾類の爆発による人身事故等の発生を未然に防止すべき法律上の義務があつたものと解するのが相当である。

しかるに、新島警察署の警察官を含む警視庁の警察官が、その後本件事故の発生に至るまでの間に、自らまたは他に依頼して右砲弾類を積極的に回収するなどの措置を現実に講じていなかつたことは、被告都自身がこれを認めるところである。

都は、掃海等によつても本件砲弾類を前浜海岸近くから完全に除去することはできないのであるから、回収の方法による危険除去の義務はないと主張するが、この主張が採用しえないことは、さきに国の同旨主張につき説示したとおりである。また、都は、警察は砲弾類を回収する技術的能力を欠き、第三者に依頼する場合も同様であると主張するが、自ら回収する能力の有無はともかく、これを防衛庁に要請するときは、同庁はこれを処分する権限(防衛庁設置法五条一七号、自衛隊法九九条、附則一四項)、能力を有し、しかも、本件事故後現実に回収等の措置をとり、この種事故防止に役立つたことはさきに判示したとおりである。」(原判決の引用する第一審判決書(以下、第一審判決書という。)三九丁表乃至四二丁表、原判決書二九丁乃至二九丁裏)

としたうえ、これを前提として、

「ところで、新島警察署の警察官および警視庁の警察官はいずれも国家賠償法第一条にいう公共団体である被告都の公権力の行使に当たる公務員であり(警察法第三六条、第三八条、第四七条)、また、これらの警察官が、右に認定したような状況のもとにおいて、自らまたは他に依頼して右砲弾類を積極的に回収するなどの措置を講じることは、その公務員の職務の執行に当たると解すべきであるから、以上に認定・判断したところによれば、被告都の公権力の行使に当たる公務員である新島警察署の警察官および警視庁の警察官は、その職務の執行を違法に怠つて、右砲弾類を積極的に回収するなどの措置を講じなかつたものであり、しかも、これを怠つたことについては過失があつたものといわなければならない。したがって、被告都は、国家賠償法第一条により、新島警察署の警察官および警視庁の警察官が自らまたは他に依頼して右砲弾類を積極的に回収するなどの措置を講じなかつたために発生したと認められる本件事故の結果、国徳および原告らが被つた損害を賠償する責任があるというべきである。」(第一審判決書四二丁表乃至四三丁表)

と認定した。

二 警察官職務執行法第四条第一項の法意

(一) 警察官職務執行法(以下「警職法」という)第四条第一項は、人の生命、身体、財産に対する差し迫つた危険な事態がある場合に、警察官がとるべき応急措置を定めたものである。そして、同項前段の「危険な事態」とは天災、事変等の例示された事実が存在すれば、ただちにこれに該当するというわけではなく、その中で、「現実に人の生命、身体、財産に危害を及ぼす、差し迫つた危険がある場合」を意味し、ただ単に、危害発生の可能性がある(抽象的危険)というだけでは足りない。そして、右要件が具備された場合、警察官は、関係者に必要な警告を発することができるのであるが、警察官のとりうる措置はそれに尽きるものである。

さらに、現実の危険が一段と切迫し、警告によつては間に合わず、即時強制の手段を用いるのでなければ危害を避けることができない状態、すなわち、後段所定の「特に急を要する場合」に至つてはじめて、警察官は、関係者に対し、警告の限度を超えて、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は、自らその措置をとることができるのである(宍戸基男他四名著・新版警察官権限法注解・上巻・立花書房・六五―七四頁、なお、大阪地裁、昭和五三年九月二八日判決、判例時報九二五号九二頁参照)。

(二) 右法意に鑑みると、原判決は、第一に砲弾類の危険性の有無、程度についての判断を誤り、警職法第四条第一項の要件を具備していると即断した点において、第二に警察官が自ら又は他に依頼して砲弾類を積極的に回収すべき義務があるとした点において、第三に警察官が必要な措置を取つていないとした点において、警職法第四条第一項の解釈、適用を誤つたものというべきである。

以下、その理由を詳述する。

三 砲弾類の危険性

(一) 原判決は本件砲弾類の危険性について、「その大部分は、熱または衝撃等が加えられると依然爆発する可能性のあるものであつたことが認められ」る(第一審判決書三五丁表・裏)と認定したうえ、

1 「右砲弾類の大部分は、その際、信管を除去することなく、直ちに使用可能の状態で投棄されたものもすくなくなかつた」(第一審判決書三二丁表、原判決書二一丁表)

2 「投棄後間もなく、投棄された砲弾類のうち銃弾等の小さいものがまず前浜海岸に打ち上げられ、その後本件事故の発生した昭和四四年六月二九日に至るまでの間、台風の後やしけの時などには、かなり大きい砲弾類が毎年のように前浜海岸一帯に打ち上げられるようにな」つた(第一審判決書三二丁表・裏)

3 「島民の中には、海中に潜つて砲弾類を拾い上げ、これを鉄屑として古物回収業者に売却する者も現われた。」(同三二丁裏)

4 「前浜海岸は、有名な海水浴場として、島民のみならず観光客によつても広く利用されていた場所であるところ、新島では早くも六月ころから海水浴が行われることもあつて、前浜海岸では暖をとるための焚火が一般に行われていたうえ、子供達の中には、拾得した砲弾類の火薬を抜き取り、これに点火して花火のようにして遊ぶ者がいたし、また、漁師の中にも、砲弾類の火薬を焚火の火付けに使用している者があつた」(同三二丁裏乃至三三丁表)

5 「本件事故発生当時、前浜海岸の海浜およびその付近の海中には、右に回収された数量以上の大量の砲弾類が存在していた」(同三五丁表)等の事実認定のもとに

「前浜海岸一帯においては、前記砲弾類の海中投棄が実施された直後から本件事故の発生時に至るまでの間、本件の場合のように砲弾類が焚火の中に投入された場合はもちろん、砂中に隠れて存在する砲弾類の上で焚火がされるなど、一定の条件が具備した場合には、その砲弾類の爆発によつて人身事故等の惨事の発生する危険性が充分にあつたものといわなければならない。」(第一審判決書三五丁裏)

と判示している。

そして、上告人が本件砲弾類は高熱の持続、人力を超える特別な衝撃等極めて特殊の条件下におかれないかぎり爆発の危険がない旨主張したのに対し、原判決は、「旧軍が主として砲弾に使用した炸薬は、発火点摂氏三〇九度ないし三二〇度位のピクリン酸火薬であつて、TNT火薬に比し発火点が著しく低い……旧軍の砲弾が焚火に投ぜられ、あるいは中学生が手でいじくる程度の衝撃を受けて爆発した例がいくつか存した」(原判決書二二丁表・裏)として上告人の右主張を排斥している。

しかしながら、原判決は、本件砲弾類の爆発の危険性について、以下のとおり、その判断を誤り、若しくは、その危険性を過大視するという誤りを犯している。

(二) 衝撃に対する危険性

1 原判決は、前記の如く、大部分の砲弾類の信管が除去されていなかつた旨認定しているが、これは、証人前田博、同登与八の「当時は信管付で捨てました。」(第一審前田博証人調書四丁表)「発見された砲弾は信管のついているものもあり……」(第一審登与八証人調書六丁裏)の各証言を採用したものと思われる。

しかしながら、甲第一一号証の二、甲第三号証の二、三、甲第三号証の一〇等によれば、本件砲弾類は、数量的にみれば、小銃弾、機銃弾が圧倒的に多く、炸薬の入つていない徹甲弾も存するが、これらの小銃弾、機銃弾、徹甲弾はその性質上もともといかなる信管も装着する余地がないのである。また、証人蒔田隆、同岡田雄三、同中村三郎の各証言によれば、前浜海岸に集積された砲弾には弾頭信管が装着されておらず、当該信管は別の箱に入つていたこと(第一審中村三郎証人調査(六))、現実にも弾頭信管は砲弾と別に回収されたこと(甲第三号証の二、三、一〇、同第四号証の二、同第五号証の五)及び回収砲弾の中には弾頭信管の装着されているものがなかつたことが認められる(原審第一回岡田雄三証人調書(三七)、(三八)、(三九)、原審蒔田隆証人調書(二三)、(二五))。

原判決は、砲弾類の専門家である右蒔田、岡田、中村らの各証言を無視して、これらの者より砲弾に対する知識において著しく劣る証人前田博や同登与八の証言のみを特段の理由もなく一方的に採用しその結果大部分の砲弾類に信管が装着されていたと認定したものであつて、その認定は明らかに誤りである。

したがつて、原判決の大部分の砲弾類に信管が装着されていたとして、本件砲弾類が衝撃によつて爆発する危険性があるとした認定は、その前提において成り立ち得ないものである。

2 なお、対戦車榴弾には、その一部に弾底信管が装着されていたとの蒔田隆の証言(原審蒔田隆証人調書(二四))があるのでこの砲弾の危険性について付言する。

新島で投棄された対戦車榴弾に弾底信管が装着されていたとしてもすべて未使用弾であることには争いがない。そしてそれは、一旦火砲から発射され、信管に内蔵されている安全装置が解放されたのにたまたま何らかの障害によつて爆発しないいわゆる不発弾とその危険性の度合において大きな差異が存するのである。

すなわち、砲弾は、一般的に、薬莱、信管、弾丸からなり、信管に内蔵されている安全装置は信管の種類によつて各種のものがあるが、岡田雄三及び蒔田隆の証言によれば、信管には、必ず二つ以上の安全装置がついており、弾底信管の安全装置は、弾丸が発射されたときの衝撃による慣性及び砲弾の回転による遠心力の作用によつてはじめて安全が解放される構造になつている(原審第一回岡田雄三証人調書(二九)、(三〇)、原審蒔田隆証人調書(二八))。兵器学教程(昭和一八年((普通科砲兵用))弾丸火具、第一七版)によれば、遠心力の作用を利用した安全装置として遠心子があり、遠心子はバネによつて撃針を保持し、外力が加わつてもその位置を保持するため周囲上の三ケ所乃至四ケ所に設けられているのが通常であつて、同時に全遠心子が弾軸により遠ざかり、しかもその力がバネよりも強い場合でなければ安全を解放せず、結局、発射により弾丸に旋速が与えられ強い遠心力が作用したとき始めて安全が解放される。また、砲弾が発射されたときの衝撃による慣性を利用したものとしては支筒があり、支筒は砲腔内運動間の過動加速によつて後退し、遠心子のために路を開ける構造となつている。

しかも、未使用弾の場合を考えると、信管の安全装置は、長時間にわたる運搬の際に反覆連続して受ける衝撃や積載卸下等の操作によつて生ずる衝撃の程度では解放しないことはもちろん、発射時の弾丸の過動加速度に基づく力、弾丸の旋動に基づく旋加速度(角加速度)に依る力、弾丸の旋動に基づく遠心加速度に依る力、弾底に作用する火薬ガスの圧力及び弾丸が砲腔内運動中砲腔面と撃突する際に受ける力等想像を絶する大きな力によつても腔発(火砲砲腔内での爆発)や過早発(所望の時期以前の爆発)をしない構造となつているのであるから、未使用弾の危険性はほとんどないといつてよい。現実にも、海上自衛隊横須賀水中処分隊が回収砲弾に付着した岩石をハンマーで叩き割つて弾丸を取り出したが爆発せず(第一審大沼乕雄証人調書(八)、原審蒔田隆証人調書(一四))、自衛隊の衝撃実験においても、弾薬箱に入れた信管、薬莱付の砲弾を三メートルの高さから鉄板の上に落下させたが爆発しなかつたこと(原審第一回岡田雄三証人調書(三三)が認められ、このことは右信管の安全装置の構造からみて当然のことである。さらに、右岡田も未使用弾の信管の安全性をふまえ、砲弾をハンマーで叩くとか、コンクリートの上に投げつけても爆発しないと証言している(右調書(三三))。そして、本件砲弾類が前浜海岸に打ち上げられても、右に述べた以上の衝撃が砲弾類に加えられるということは通常考えられない。

さればこそ、新島では二〇年以上の長きにわたり、本件以外に、砲弾類が爆発した例は皆無であつたものであり、他においても未使用弾の衝撃による爆発例はなく、原判決認定の如き危険性はなかつたものである。

3 また、原判決は、旧軍の砲弾を中学生が手でいじくつて爆発した例をあげているが(甲第三二号証の一)、この爆発例は新島の砲弾によるものではなく、かつ、右砲弾の種類、性能、信管装着の有無及び使用弾か未使用弾かの区別が明確でないのであるから、これを、本件砲弾類と同一に論ずることはできない。

(三) 加熱に対する危険性

1 次に、原判決は、上告人が、本件砲弾類は一定以上の高熱を加えて、しかもその状態を一定の時間持続しなければ爆発の危険性は全くない旨主張したのに対し、これを排斥した。その理由として、TNT火薬とビクリン酸火薬の発火点を比較し、ビクリン酸火薬の発火点が著しく低いことを挙げている。

しかし、本件砲弾類の炸薬がピクリン酸火薬であつたとしても、火薬自体の発火点が三〇九度乃至三二〇度であるということは、火薬自体に直接及ぼす熱がその温度になつた場合を指すのである。したがつて、本件において砲弾類の爆発の危険性を判断するためには、それが砂上にあるのか、砂中にあるか等の諸条件を含め摂氏三〇〇度以上の高熱が弾体に伝導し、ついで、弾体内部の炸薬に至るまでの過程や時間的経過をも考慮しなければならないところ、原判決はこの点について何ら考慮していない。

それゆえに、原判決のような単なるTNT火薬とピクリン酸火薬の発火点の比較のみによつては上告人の前記主張を排斥する合理的な理由とはなり得ないというべきである。

2 右に関連して、原判決は、「砂中に隠れて存在する砲弾の上で焚火がされるなど一定の条件が具備した場合にはその爆発によつて人身事故等の惨事の発生する危険性が充分あつた」(第一審判決書三五丁裏)と判示するが、通常焚火の熱は焔上部において高く下部はかなり低い性質をもつものであるから、たまたま砂中の砲弾の上で暖をとるために行われるような通常の焚火がなされたとしても、その焚火の熱が下部の砂を熱し、弾体に伝導し、その内側の炸薬が摂氏三〇〇度以上に達するなどということは到底考えられない。熱の伝導が容易でないことは、砲弾を爆発させる目的で焚火の中に投入した場合でも二〇分乃至三〇分では爆発しなかつた(第一審前田仁証人調書二丁裏)という本件事故からも窺える。さらには、過去二〇年間砂中に隠れた砲弾の爆発例のなかつたことを考えれば、焚火によつて砂中の砲弾が爆発するに至るとは到底考えられない。

したがつて、原判決は、砲弾が実際に爆発する危険性がまつたく考えられない例を引きながら、何ら科学的、実証的審理をせず、砂中の砲弾の危険性を焚火に投入した砲弾の危険性と安易に同一視した独善的判断を行つており、その危険性の判断には重大な誤りがある。

(四) つぎに、原判決は、台風の後やしけの時などには、かなり大きい砲弾類が毎年のように前浜海岸一帯に打ち上げられるようになつた旨認定しているが、本件砲弾類が毎日のようにあるいは短い日数をおいて恒常的に打ち上げられていたものでないことは本件全証拠に照らして明らかである。

そしてまた、原判決は、砲弾類を鉄屑商に売却する者が現われたこと、子供達の中には拾得した砲弾類の火薬を抜きとり、これを点火して花火のようにして遊ぶ者がいたこと及び漁師の中にも砲弾類の火薬を焚火の火付けに使用している者があつたことなどの例をあげ砲弾類の危険性を強調している。しかしながら証人吉山基市の証言によれば、鉄屑商に売却したのは朝鮮動乱のころの一時期のことであり、拾つて売却したのは砲弾そのものではなく薬莱である(第一審同人証人調書四丁表)。また、子供らが火薬を抜き取り花火のようにして遊んでいたとか、漁師の中に火薬を焚火の火付けに使用している者があつたというけれども、証人安斉省一及び同前田博、同登与八の証言によれば、子供達や漁師が抜き取つたのは薬莱の発射薬と推認される(第一審安斉省一証人調書六丁裏乃至七丁表、同前田博証人調書五丁表、同登与八証人調書四丁裏)。そして、薬莱自体には爆発の危険性は全くない(原審第一回岡田雄三証人調書(四一)、(四二)、原審第二回同人証人調書(一六))のであるから、右事例は、いずれも砲弾の爆発の危険性とは全く関係のないことである。

したがつて、本件砲弾類が海中に投棄されてから本件事故発生までの二〇年以上もの間に、砲弾類が打ち上げられたことがあり、島民の中に薬莱を拾つて売却したり、砲弾類の火薬を燃焼させた者があつたとしても、そのことから直ちに砲弾類の爆発によつて人身事故等が発生する危険性があつたと認定することはできないというべきである。

(五) 以上の事実に照らせば、本件砲弾類は摂氏三〇〇度以上の高熱を持続して与えるとか、また、特に信管のついているものであつても、二段、三段の安全装置を解放するような特別な衝撃を与える等極めて特殊な条件下におかれない限り、爆発の危険性はなく、かつ、当時の前浜海岸一帯の島民らの状況をあわせ考えても砲弾が爆発する恐れはなかつたものであるから、原判決の砲弾爆発の危険性に関する認定は誤つている。

四 警職法上の要件の存否

警職法第四条第一項が適用されるための要件は前記第一点、二のとおりであるが、以下本件の場合に、同項の危険な事態が存在していたか否かについて検討する。

(一) 本件砲弾類については、前記のとおり、摂氏三〇〇度以上の高熱を持続して与えるとか、安全装置を解放するような特別な衝撃を与える等極めて特殊な条件下におかれないかぎり爆発の危険性はなかつたこと、実際にも、過去二〇年間にわたり、海中に投棄された砲弾類が爆発して人身事故が発生したことは一例もなかつたこと等の事実に照らせば、前浜海岸付近の海中に砲弾類が存在し、かつ、それらの一部が前浜海岸一帯に打ち上げられたとしても、このことから、直ちに、人身事故等の惨事の発生する危険が差し迫つているということはできない。

したがつて、本件砲弾類が前浜海岸に存在していたとしても、そのことだけから、警職法第四条第一項所定の「危険な事態がある場合」に該当するということはできないから、本件の場合には警察官が同項前段所定の警告を発するための要件は具備されていなかつたというべきである。

(二) ましてや、同項後段所定の「特に急を要する場合」とは、危険な事態がある場合の中でも、現実にその危険が一段と切迫してきた状態を言うのであつて、もはや警告の手段では間に合わず、即時強制の手段を用いるのでなければ、危害を避けることができないような場合をいう。すなわち、本件事故に即して言うならば、少なくとも、砲弾が焚火に投入され、かつ、その周囲に人がいることを警察官が現認したような場合を指すと解すべきであるから、本件砲弾類が海岸に打ちあげられただけではこれに該当しないことは明らかである。

したがつて、本件では警察官が同項後段所定の措置をとるための要件はもともと具備されていなかつたのである。

(三) よつて、本件については警職法第四条第一項を適用する余地は全くないというべきである。

五 砲弾類の回収義務の存否

(一) 原判決は、警職法第四条第一項に基づき、警察官が、本件砲弾類を自ら又は他に依頼して積極的に回収する義務を負つていたと認定するのであるが、本件砲弾類の存在が、同項前段の「危険な事態がある場合」に該当するとしているものか、或いは、同項後段の「特に急を要する場合」に該当するとしているものかについては、明示していない。

しかしながら、本件砲弾類が前浜海岸付近に存在しているだけでは警職法第四条第一項所定の要件を具備していないことは前記のとおりであるから、警察官に警職法第四条第一項に基づく右の如き義務が存しないことも当然のことと言わねばならない。

(二) ところで、警職法第四条第一項によれば、同項前段の要件が具備する場合は、警察官は関係者に警告を発しうるにとどまり、同項後段の要件が具備され、「特に急を要する場合」に至つて始めて、警察官は後段所定の警告以上の措置を取ることが可能となるものであるところ、原判決は、警察官が本件砲弾類を自ら又は他に依頼して積極的に回収すべき義務を負つていたと判示するのであるから、警察官に対し、単なる警告以上の措置、すなわち同項後段の措置までも求めているものと解される。

しかしながら本件において、警察官が、警告以上の措置を取るために必要とせられている同項後段の要件が具備されていないことは、前記第一点、四、(二)記載のとおりであつて、今さら論ずるまでもないことである。また、仮りに、砲弾類の存在が同項前段の「危険な事態がある場合」に該当するとしても、原判決は、同項前段の要件が存在するにすぎないのに同項後段の措置をとる義務を警察官に課した結果となつているから、この点からも前記認定は誤つている。

(三) いずれにせよ、警察官には、警職法第四条第一項に基づいて本件砲弾類を自ら又は他に依頼して積極的に回収する義務はないから、原判決の認定は誤つているというべきである。

六 警察官のとつた措置の適否

(一)1 新島警察署の警察官は、本件砲弾類について、次の措置をとつた。

すなわち、同署次長奥村国男らは、

(1) 昭和四一年六月二八日に新島を襲つた台風四号によつて打ち上げられた砲弾類を可能な範囲で回収し、同署内に保管し(原判決書二四丁表)、

(2) そのころ、防衛庁技術研究本部新島試験場長らに対し、事情を説明すると共に回収要請したところ、(原審奥村国男証人調書五丁表乃至六丁裏)同年八月二五日に来島した陸上自衛隊第一師団長らが同署保管中の砲弾を持ち帰つたほか、同年九月ころには、陸上自衛隊弾薬処理班員らが来島し、海岸を捜索し、発見した砲弾類と共に、同署保管中の砲弾類を自衛艦に積載して持ち帰つた(原審判決二四丁裏)、

(3) 他方、島民に対し砲弾類を発見した場合はその届出をするよう呼びかけ(第一審判決書四〇丁表乃至裏)ると共に、わざわざ小・中学校に赴いて同様の指導を行い(第一審奥村証人調書一一丁裏乃至一二丁裏)、

(4) 右呼びかけに基づく届出を受理し、砲弾類の回収にあたり(第一審判決書四一丁表)、

(5) 海水浴シーズンには、海岸をパトロールする(第一審奥村国男証人調書一九丁表乃至二〇丁表)、

等の措置をとつた。

2 同署警察官のとつた右措置は、警察法第二条第一項に基づくものである。

すなわち、本件砲弾類の存在は、前記のとおり、警職法第四条第一項の要件を具備しないものではあるけれども、警察法第二条第一項は、警察の責務について、一般的抽象的に、警察官が個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、公共の安全と秩序の維持に当るべきことを規定しているので、同署警察官は、関係者の権利義務を規制しないところの事実上の行為として右の措置をとつたものである。

3 このように、同署警察官は、警察法第二条第一項に基づいて、右の措置をとつたものであるが、同項は「警察の責務について一般的、抽象的に規定したものであり、この規定のみでは未だ具体的な個々の場合について警察権限を行使しうる根拠となるものではない。」(大阪地裁、昭和五三年九月二八日判決、判例時報九二五号九二頁)とされており、また、警察官が、右条項を根拠として、相手方の権利義務を規制しない事実上の行為を、相手方の意思に反しない程度の任意手段によつて行う場合、いかなる手段をとるかは、警察官において、その場の状況に応じて、具体的手段を裁量のうえ決定し、これを行うことができると解するのが相当であるから(長崎地裁佐世保支部、昭和三七年一二月一七日判決、下民集一三巻一二号参照)、同項を根拠として、警察官に対し、自ら又は他に依頼して本件砲弾類を積極的に回収すべき義務を課することはできないというべきである。

さらに、後記のとおり、警察官は本件砲弾類を回収するための知識・経験・人員・装備・技術的能力等を全く有していなかつたことをも併せ考慮すると、同署警察官らは、警察法第二条第一項の許容する任意手段の範囲内で、可能なかぎりの措置をとつていたものと言うべきであり、何らの作為義務違反も存しないことは明らかである。

(二)1 仮りに、本件砲弾類の存在が警職法第四条第一項前段の「危険な事態がある場合」の要件を具備しているとしても、警察官は、同項前段所定の警告措置を取れば足りるものである。そして、右警告は、危険からの避難または危険の防止について必要な予告または注意を与えること(宍戸基男ら、前掲)を意味するものであるから、自らまたは他に依頼して本件砲弾類を積極的に回収する措置をとるという積極的作為が右警告に含まれないことは明らかである。

しかも、前記のとおり、同署警察官は、前記新島試験場長らを通じ、本件砲弾類を処分する権限・能力を有する防衛庁に対し、本件砲弾類が前浜海岸に打ち上げられる状況を告げ、もつて、危険防止についての必要な警告を行うと共に、新島住民らに対し、必要な警告をくりかえし行つたことが認められる。

したがつて、警察官は、警職法第四条第一項前段に定める警告については、所要の措置を取つており、義務を尽していたものと言わなければならない。

2 このように、同署次長奥村らは、前記の如く、台風四号が来襲した昭和四一年六月二八日ころ、前記新島試験場長らに対して事情を説明し、警告を与えたのであるが、それにとどまらず、右試験場長に対し海上自衛隊等による掃海をも要請したものである(原審奥村国男証人調書四丁裏乃至五丁裏)。

右の掃海要請については、警察法第二条第一項はもとよりのこと、警職法第四条第一項によつても、警察官が右要請を行うべき積極的作為義務を負つているものではないけれども、右奥村らにおいて、島民の安全を願う立場から、事実上の行為として行つたものである。

たしかに、奥村らは文書によつての掃海要請はしていないかも知れないが、本件砲弾類は、連合軍の指示によつて投棄された旧陸軍所有のものであつて、国が所有しているとはいえても、現存の省庁にあてはめるときは、いずれの省庁が管理しているのか全く判らないものであつたうえ、砲弾の処理および処分の権限・能力を有する防衛庁(自衛隊)においても、本件事故以前においては、前浜海岸一帯の海中に多量の砲弾が残存することを知りながら、自ら回収をはかる意思を全く有していなかつたことは原判決指摘のとおりである(原判決書二四丁裏乃至二五丁表、第一審判決書三六丁裏乃至三七丁表)。また、奥村らが、掃海を要請するなどの法律上の作為義務を負つていなかつたことは前記のとおりである。このような場合、回収の要請の方法又は程度にも限界が生ずることはやむを得ないことであり、それでも奥村は「海上自衛隊なりそういつたところで掃海できないか」(原審奥村国男証人調書五丁裏)申し入れたというのであり、この場合、文書によらなかつたとしても回収の要請を行つたことは明らかであるから、警察官は十二分な措置をとつていたというべきである。

奥村らの右行為は必要な警告を与えると共に掃海の要請をしたと解すべきものであつたからこそ、原判決も認めるとおり、同年八月二五日ころには、来島した陸上自衛隊第一師団長らが同署保管中の砲弾を持ち帰つたほか、同年九月ころ、陸上自衛隊弾薬処理班員が来島し、海岸を捜索し、発見した砲弾類及び同署保管中の砲弾を自衛艦に積載して持ち帰つたのである(原判決書二四丁裏)。

原判決は、この点について、奥村らが掃海の要請をしたにもかかわらず回収済砲弾の処理のみを要請したと認定し、警察官らが自ら又は他に依頼して砲弾を積極的に回収する義務を怠つたとしたうえ、「自ら回収する能力の有無はともかく、これを防衛庁に要請するときは、同庁はこれを処分する権限、能力を有し、しかも、本件事故後現実に回収する措置をとり、この種事故防止に役立つた」(原判決書二九丁表)としているが、右のとおり、警察官は防衛庁に対する回収要請を行つているというべきであるから、右認定は明らかに誤つている。

また、原判決は、本件事故後海上自術隊横須賀水中処分隊が前浜海岸付近の海中を掃海し、砲弾類を回収したことをもつて、警察官が要請すれば、直ちに、右処分隊が出動するかのように判示するが、右処分隊は本件事故が発生してはじめて出動するに至つたものであり、前述の奥村らの要請によつても、右処分隊は出動しなかつたのである。その事情は、原判決の引用する第一審判決書も指摘するとおり、本件砲弾類の回収を担当すべき国の機関が法令上不明であつたために、右砲弾類の回収等を実施することができなかつたのであり(第一審判決書三七丁表)、しかも、右処分隊の回収作業も、本件事故より約一年を経過した後において、海中訓練等の名目でしか行い得なかつたのである(甲第四号証の三、四、同第五号証の三)。

要するに、本件事故前において、警察官は、防衛庁に対し、回収済み砲弾類の処理のみならず掃海を含む砲弾の回収要請をしたのである。

3 さらに、警察官は、本件砲弾類を回収するための知識・経験・人員・装備・技術的能力のいずれも有していなかつたのであり、防衛庁(自衛隊)においてのみその権限と能力を有していたのである(原判決書二九丁裏)。すなわち、実際に本件砲弾類の回収にあたつた証人蒔田隆、同登与八の証言によれば、本件砲弾類は水際から三〇メートル位水深六メートル位のところに最も多く存し、岩とくつついているものや砂中に埋没しているものもあり、アクアラングをつけてもぐり、磁気探知機等を使用して回収に当つた(原審蒔田隆証人調書(一〇)、(一二)、(一三)、(一七)第一審登与八証人調書五丁裏)。また、証人岩上房吉の証言及び甲第一一号証の二によれば、陸上においてさえ、本件事故後新島警察署において二日間にわたつて前浜海岸一帯を捜索した際には小銃弾二、三発しか発見できなかつたのに対し(第一審同人証人調書五丁裏乃至六丁裏)、その直後、陸上自衛隊が磁気探知機等によつて捜索したところ、砲弾三六発のほか、多数の小銃弾等を発見したこと(甲第一一号証の二)が認められ、この結果からみても警察官に本件砲弾類の回収を期待することは全くできないことが明らかである。

したがつて、警察官に対し海中の砲弾類の回収を求めることは、その能力を超える行為を要求する結果となるばかりでなく、このようなことを警察官に期待しうる状況にはなかつたことが明らかである。

(三) 結局、警察官は、警察法第二条第一項に照らし、必要かつ適切な措置をすべてとつていたものであり、また、仮りに百歩譲つて、本件砲弾類の存在が警職法第四条第一項前段の要件を具備するとしても、警察官は所要の警告措置をとつていたということができるから、警察官には何らの義務違反ないし懈怠も認められない。

七 総括

以上のとおり、原判決は、警職法第四条第一項の解釈、適用を誤つた違法があり、かつ、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。

第二点 〈以下、省略〉

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